| 沿革 |
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| 昭和29年 |
現会長誉田唯雄が、川越市山田で資本金30万円にて米菓の製造を開始する。 |
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| 昭和32年 |
川越市三光町に工場を新設し、本社を同所に移転する。 |
| 昭和34年 |
米菓の量産に着手し、米菓メーカーとしてはいち早くテレビ・ラジオ、新聞・雑誌などの媒体を利用し、「せんべい・あられは鉄火焼」のキャッチコピーで米菓メーカーとしての存在を全国的に示し、現在の基礎を築く。 |
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| 昭和38年 |
| 企業の一段の飛躍に備え資本金を3,000万円に増資し、川越市府川に生地工場(現本社工場)を建設する。 |
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| 昭和46年 |
府川工場(現本社工場)にあられ部門を設置、「鉄火あられ」として好評を博す。 |
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| 昭和47年 |
府川工場に事務所を建築し、本社を移転する。 |
| 昭和52年 |
販売力を強化するため、ホンダ商事株式会社を設立する。 |
| 昭和56年 |
| 中期構想に伴う生産率向上のため配送センター、製品倉庫、生産工場の一括ライン化のため増設を行う。 |
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| 昭和57年 |
高級・高品質販売の株式会社銀座京極堂を設立する。 |
| 平成6年 |
高品質商材えびせんべいの製造ラインの増設と販売エリア拡大。 |
| 平成10年 |
代表取締役社長誉田唯雄は代表取締役会長に、誉田稔が代表取締役社長に就任する。 |
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